【第11回】「陳腐化 obsolescence」について

開催終了
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2023年4月18日(火)
「陳腐化 obsolescence」について
講師:上崎 千さん(芸術学・アーカイブ理論・サイクリング)
講師からのメッセージ


The future is but the obsolete in reverse.
(未来は逆方向への陳腐化にすぎない)
—Vladimir Nabokov, "Lance" (1952)

芸術とは何か。作品とは何なのか。芸術家とは何者で、芸術(作品)は何とどう異なり、何とどのように似ているのか。20世紀を経て大きく変貌を遂げた今日の芸術作品と、それらをなおも芸術たらしめている諸条件について考察してみましょう。この考察は個々の作品への眼差しのみならず、芸術という概念が前提としている価値観(の変化)への問いを伴います。芸術について書かれたテキストを読み、芸術作品を吟味しつつ、これまでの/これからの芸術(作品)の在り方について議論します。

まずは「陳列」という語を構成するこの「陳」ですが、この字はもう一方の「列」と同じく「連ねる・列ねる」「並べる」という人間の営みを意味しているそうです。ですから「陳列」はミュージアムの(キュラトリアルな)作法のひとつである「展示 display」とほぼ同義であると理解して差し支えないでしょう。他方「陳腐」という語を構成する「陳」は、たとえば「新陳代謝」という四字熟語に含まれる「陳」と同じ意味を持つようです。つまりこの「陳」は「腐る・腐った」という語と似て「古くなる・古い(旧い)」という状態を意味しており、さしあたり「新しい」という語と対義ということになります。ここで、いわゆる「ミュージアム・ピース」という語が近代以前から持っていた「古めかしい代物(ミュージアム行きの年代物、過去の遺物、すなわち陳腐化したもの)」という含意に立ち返るならば、「陳列」と「陳腐」、これら二語間の語義的な隔たりもある程度は埋められるのかも知れません。ちなみに「陳述」のような語を構成する場合の「陳」は「述」と同じく「言葉で述べる」「説明する」「申し立てる」といった意味を帯びるわけですが、今回はこの第三の「陳」についても、それを「キャプション」の問いとして、改めてミュージアムの、あるいはアーカイブそしてアート(とりわけ近代以後に台頭したコンセプチュアル・アート)の問題構制と接続して考察してみようと思います。

Panama Hat: Small world, Dr. Jones!
(パナマ帽の男:世間は狭いな、ジョーンズ博士!)
Indiana Jones: Too small for two of us!
(インディー・ジョーンズ:私たちには狭すぎるんだ!)
Panama Hat: This is the second time I've had to re-claim my property from you!
(パナマ帽:お前から私のお宝を取り返すのはこれで二回目だぞ!)
Jones: That belongs in a museum!
(ジョーンズ:それはミュージアムの所蔵品だ!)
Panama Hat: So do you!
(パナマ帽:お前もな!)
https://www.youtube.com/watch?v=h02Ndl61AyQ
—Indiana Jones and the Last Crusade (1989)
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